【Local X STAGE QUINTBRIDGE賞】町工場をオープンにして「まち」や「ひと」と繋ぐ『FactorISM(ファクトリズム)』の描く未来
  • インタビュー

【Local X STAGE QUINTBRIDGE賞】町工場をオープンにして「まち」や「ひと」と繋ぐ『FactorISM(ファクトリズム)』の描く未来

公開日:
2026.1.8

2025年9月18日(木)に開催された『Local X STAGE 2025』にて、QUINTBRIDGE賞を授与させていただいた企業2社にインタビュー!

今回の訪問先は、『FactorISM(ファクトリズム)』の活動をしている株式会社友安製作所 執行役員 松尾泰貴さん。
ソーシャルデザイン部という、工務店として空間をつくる部署と、地方自治体のお仕事や中小企業支援を行う部署の責任者である松尾さんに、事業内容、活動のきっかけ、Local X STAGE 2025登壇について、お話を伺いました。

|Local X STAGE 2025 の概要

近畿経済産業局主催の、地域のものづくりコミュニティと企業をつなぐプログラムの一環。「Local X」(コミュニティ型産業集積)が生み出したイノベーション(ソーシャルインパクト)についてプレゼンテーションを行い、地域の大企業等が、共感・期待等の視点から考察し、大企業等から自社の成長とベクトルが合う登壇コミュニティに対して「企業賞」を授与し、今後のコミュニケーション機会を創出します。

2024年に第一回、そして第二回となる今回は、2025年9月18日(木)に開催されました。


|QUINTBRIDGE賞について

左からFactorISM松尾さん、QUINTBRIDGE大谷さん、ごみの学校寺井さん

Local X STAGE 2025 にて、QUINTBRIDGEより強く共感し、今後の活躍に期待する2つのコミュニティ「ごみの学校」「FactorISM」に、「QUINTBRIDGE賞」を授与いたしました。

本記事でご紹介する「FactorISM」の受賞理由を、QUINTBRIDGE 運営事務局 大谷 哲史さんは、こう語ります。

「『あとつぎ問題』など地域が抱える「社会課題」に対し「オープンファクトリー」という手法を用いてアプローチしながら、様々な工夫や努力を重ねられた結果、「こうば」だけなく「まち」や「ひと」など、地域そのものを元気する取組まで昇華され、さらにそれらが体系化されて「FactorISM」としてのブランドが確立している点。

そして、イノベーションを起こすための媒介として「企業」「学生」「地域」などのコミュニティ形成を大切にされているところ。
さらには、プレゼンテーションからも、実績と実感を伴った熱量と誇りを感じました。

これらの点について、共創の場の先輩でもある『FactorISM』さんの活動に、QUINTBRIDGEとして学ばせていただくところも多く、強く共感し、感銘を受けました。」

ー FactorISM(ファクトリズム)の活動内容について、お聞かせください。

 FactorISMは、「ファクトリー=「こうば」」「イズム=主義・主張」「ツーリズム=旅での体験・体感プログラム」を掛け合わせた造語で、簡単にいうと「こうば」をオープンにして、「まち」や「ひと」とを繋ぐ場作りをしています。

自分たちが楽しく取り組むことで仲間を増やしながら広がってきたプロジェクトで、コラボレーションパートナーと言われる協業先が年々増え続け、今では4日間にとどまらない年間を通してプロジェクトとなっています。

 例えば、グランフロント大阪さんとイベントを行ったり、近鉄電車さんと「こうばのでんしゃ」という企画もしています。6両編成の電車を貸し切り、八尾の高安操車場から移動しながらワークショップの準備をし、大阪上本町駅に到着し、扉が開いた瞬間からものづくりワークショップが開催されるという面白い企画です。今はもう4年目になります。

 こうしたイベントを企画すると、「こうば」に興味がなかった鉄道ファンの方が来て、ものづくりに触れるきっかけになったりします。

僕は協業が得意なようで、自分と相手がやりたいことを実現しながら、お互いのリソースで補えることを掛け合わせてプロジェクトを進めます。予算を立ててやろうとすると時間がかかりますが、既にあるものを活用して行う ー

近鉄電車さんとのイベントも、余剰分の車両を活用することで、スムーズに話が進みました。最初はどう関わればいいか分からないとおっしゃっていましたが、「まず参加してみてください」とお願いしたら、翌年には新しい案をどんどん出していただけるようになりました。ハードルを下げてまず関わり始めてもらうことが大切だと考えてます。

 


ー 活動のきっかけについても、お聞かせください。

僕が子どものころ、このまちには町工場が密集して存在感があったのですが、環境保全の観点から、「こうば」は道路から離れ、緑化や塀を設ける規制が始まって、昔は光化学スモッグが出るほど環境汚染が深刻で、晴れていても外に出られないこともありました。

 こうした背景から、八尾市は精力的に環境保全に取り組んできた一方で、騒音や臭い、汚水問題への対策の結果、町工場の存在感は消え、塀や扉で閉ざされ、住民から離れてしまったんです。

 その影響で、町工場で働きたい人も減っていきました。昨今、憧れる仕事は目に見える世界にあるじゃないですか。YouTuberなどが象徴的ですよね。そんな中で町工場は住民から遠い存在になって、「見えないからこそ誇れる仕事に選ばれにくい状況」に陥ってしまったのが悔しく思っていました。

 八尾市役所で働いていたときに、中小企業支援の業務で町工場のおっちゃんと話すと、最初は「うちには何もない」と皆さん言いますが、話が進むと自慢話が始まるんですよ。そこから「ほんじゃ、うちのこうば見にくるか?」と言って、実際に見に行くと、その技術や誇りが伝わってきて、すごく面白いんです。「俺の部品がなかったら車は動かない」と言うおっちゃんが、すごく魅力的だなと思いました。

 そんな魅力が、知られていないのはもったいない。「町工場をオープンにすることで、「まち」の価値が生まれ、住民も「うちのまちには何もない」と思っていたのが、実は日々の生活を支える部品を作っている町工場を知り、誇らしく感じてもらえる。単に知らないだけなんですよね。

 町工場が遠くなり気配が失われたことで、「まち」と「こうば」の間には境界線がくっきりできました。その境界線を曖昧にするのが僕の仕事だと思っています。「まち」と「こうば」をつなぐ方法を考え、町工場見学ツアーや町工場体験を通して感動してもらうこと。それがFactorISMの活動です。

 今は13市町村エリアで広域展開をしていて、92社の町工場が「こうば」を「まち」に開く取り組みに参加してくれています。

 町工場が何をやっているかというと、普段のありのままの工場を見せるだけ。町工場の日常は、一般の人にとっては非日常なので、それを見てもらうだけで世界が変わります。

 だから特別なことをしなくていいと思っていて、基本は「町工場見学」「ものづくり体験ワークショップ」「語る(思いや技術のトーク)」の3でコンテンツを作っています。


ー 現在、力を入れている取り組みはありますか。

主に二つあって、一つ目は、今年、初めて全国のアーティストさんを募集して、町工場に来てもらい、そこで作品作りをする取り組みを始めました。今までは関西圏内のアーティストさんとのコラボにとどまっていたんですが、旅費もこちらで負担して全国から来てもらい、町工場で作品を作ってもらうようにしたんです。

 ただ作品を作るだけじゃなくて、ものづくりに五感で触れて、自分たちが感じた感性で、そこで出会った素材を使ってアウトプットしてください、という課題提供型のアート作品づくりで、すごくアーティストの方にも好評で面白い作品が生まれたと思います。

 この取り組みは、どのまちでもできると思ったので、一旦僕らがプラットフォームを作って、他の地域で「やりたい」となったら、そのプラットフォームごと別の場所に持っていけるようなプログラムにしていこうと思っています。

 もう一つは、全国のオープンファクトリーの人たちがたくさん視察に来てくれるので、FactorISMを年に1回やるときに同窓会的にみんなが集まってもらえるような巻き込み方をしたいと思っています。例えば、一緒にトークセッションをしたり、一緒にものづくりのストーリーを話したり、また地域とのコラボなど。そこで地域と交わる場づくりをしたいです。

会社の1階には、端材の鉄でアーティストが作った、友安製作所の社長をモチーフにしたゴリラの像が!アイコニックな作品は社員にも「そっくり!」と好評だとか。

ー 元々は八尾市の職員だったとか。いまの活動にいたる背景をお聞かせください。

2000年頃、八尾市役所の職員になりました。でも実は元々、関西大学の社会学部社会学科マスコミュニケーション専攻に通っていて、自治体とはあまり関係ないところからスタートしていたりします。

大学で広報、マーケティング、ブランディングなどを学んでいて、「言葉の仕事」「言葉を扱う仕事」に就きたいと思っていたとき、自治体や自分の地域がうまく言葉にできていないことに気づいたんです。もっと発信したり、まちを編集するようなことをやってみたいと思いました。

そのときに、まちの広報なら自分の学びが活かせるのではと思いました。地元が八尾だったのでそこで働くことに。当時は「ひったくりが多いまちと言われることも多くて、僕が感じている「もっと面白いまち」とのギャップがありました。そのギャップを埋めたい、越えたいと思い、市役所に入りました。

最初の5年間は秘書の仕事で、「まちづくりがしたくて入ったのに」とモヤモヤしていました。

職員になって5年後に、中小企業支援の部署に異動し、8年間どっぷりと浸かり、そのうち2年は経済産業省にも行っていました。
そうして、さまざまな仕事の中で、「中小企業政策でこのまちをどう発展させていくべきか」の政策を考えて、新規事業を企画し、中小企業のみなさんと一緒に実行していくようなことができるようになって、すごくやりがいを感じました。

ただ、市役所の職員は異動が多く、プロフェッショナルとしての働き方ができないと気がつきました。中小企業支援に深く関わっていた経験の中で、いきなり「1週間後にどこそこへ異動」と言われたら、やっぱり悲しいなと思っていました。


当時、すでに『FactorISM(ファクトリズム)』も立ち上げていて、みなさんには「継続は力なり」と言っているのに、自分がどこかに異動してしまうのは嫌だったんです。

継続させるにはどうすればいいのかと考え、起業しようと最初は思っていたんです。
その頃、「みせるばやお」(https://miseruba-yao.jp/ )という共創スペースを立ち上げ、多くの方に視察にも来ていただいていたのもあり、なんとか自分でやっていけるのではという思いもありました。


ー 起業を考えていたんですね。それを辞めて、友安製作所に入社されたと。

はい、起業のために新規事業をプランニングして、お世話になった10社ほどに声をかけて協力してもらえないかと、最初に提案しに行ったのが、友安製作所でした。

 社長は、厳しいことも言ってくれる人だったので、ビジネスプランを持っていったら、いきなり「いや、できるかもしれへんけど、やめたほうがいい」と言われたんです。
なんでやねんと思って悔しくて反論もしたのですが、よく聞くと、うちの社長は3代目で、家業を引き継ぎ、自分の好きなことができるまでに10年かかったらしいんです。

「それをあなたが30歳から始めたら、40歳になる。すると勢いがなくなったり、いろんな課題も出てくる。それなら一番最短の距離でいける方法がある。うちの会社でやるのはどう?」と。

正直すごく迷い、そこから3ヶ月後に社長と飲みに行く機会があって、勢いで「今からやりたいことを20個くらい言うので、この会社に入ったときにどこまでできるか教えてください」と言ったら、全部「やりたい」と言うんですよ。嘘や、騙されてると思いました(笑)

入社後のことも真剣に考えてくれた社長の思いに心動かされ、「もう騙されてもいいから入ろう」と決めたと当時を振り返る松尾さん。

2021年4月に入社して、5年目になりますが、うちの社長の言葉で言うと、「ロマンとそろばん」を大事にしていて、新規事業を作る際も、その辺のバランスについてはシビアに話しています。
結果的に、入社して立ち上げたビジネスが1年目にして思った以上に採算が合い、事業の成長も見込めそうということで、入社後9ヶ月で、いきなり呼び出されて「執行役員になってほしい」と言われ、今にいたります。

おかげさまで、「FactorISM(ファクトリズム)」の活動も続けられていますし、本当に感謝しています。

|友安製作所

友安製作所は、現社長 代表取締役社長 友安 啓則さんの祖父が1948年にネジ製造の町工場として創業。そこから、カーテンフックの製造を牽引し、今ではオリジナル製品の開発、くらしをはじめ、人生にかかわる様々な事業にも取り組み、新たな価値の創造を行っています。

|Local X STAGE 2025

ー Local X STAGE 2025 にご登壇された感想を、お聞かせください。

去年は別の事業でうちの社長が登壇したので、今年は僕がFactorISM(ファクトリズム)についてお話しました。
審査企業13企業のうち、8企業から賞をいただくことができました。

話したのは、「僕らがやっていることはずっと未完成」ということ。
そして、最終的にはものづくりの創造性を解放することをやりたい、という話をしました。

結局、ものづくりだけではお客さんに届かない。ストーリーをつなぐ人、販売する人、発信する人
いろんな人の関わりがないと、ただの「もの」で終わってしまう。だから、届け方を含めて何かと掛け合わせてコラボレーションすることを毎年続けています。

1年目は「ものづくり×VRゴーグル」で、ゴーグルをかけると町工場に潜入したような体験を作ったり、2年目は音を掛け合わせて、「ものづくり×アーティスト」。「こうば」のガシャンガシャンという音をサンプリングしてASMRみたいにしてみたり。
3年目は「ものづくり×アート」。町工場は必ず端材、つまりゴミが出るので、それをリサイクルするだけだと価値が1/10になってしまう。それなら価値を高めるコラボをしようと、アーティストの作品に変えるという取り組みをやりました。

INDUSTRIAL JP ASMR

そういう企画を提案して、「ものづくり×○○を他のところでもやりませんか、と投げかけて、次につながることをやっていきましょうと話したら、思った以上に賛同していただいて。

おかげで忙しい日々を送っています(笑)


ー QUINTBRIDGE賞を受賞された感想をお聞かせください。

QUINTBRIDGEでは、これまでも行政と商品開発プログラムを立ち上げたりしていましたので、今回賞をいただけたのは純粋に嬉しかったです。「次は一緒に何ができるかな」と思えるきっかけにもなりました。

僕たちは中小企業なので、中小企業が商品開発でつまずくポイントを全部理解しているし、僕自身も中小企業支援を8年やっていたのでノウハウがあるので、自治体から依頼を受けることも多いんです。
いまも生野区と尼崎市の商品開発が進んでいて、そのお披露目の場としてQUINTBRIDGEを使わせていただいたりもしています。「この人とこの人をつながるかも?」という掛け合わせがQUINTBRIDGEは本当に強いので、めちゃくちゃ活用させてもらっています。

今後はぜひ、「FactorISM(ファクトリズム)」として、何か一緒に取り組めればと思っています。


ー Local X Stage を通じて動いているプロジェクトなどはありますか。

今まさに、いろいろ動き出しています。例えば、カプコンさんはすごく斬新で、ゲームの「IP=知的財産(Intellectual Property)を町工場で何か面白くできませんか?というご相談があったんです。

今は3週間に1回くらい打ち合わせをしていて、どうIPを活用するかを一緒に考えています。


ー 今後の展望について、お聞かせください。

今後は、海外との距離も曖昧にしていければなと思ってます。

海外に行くのはハードルが高いですが、万博を機にかなり近くなっていますよね。僕たちも、いま海外の企業から1ヶ月に3ヶ所ぐらい声がかかって、町工場の見学ツアーを行っているんです。
インテリア関係の方々が、日本の技術やものづくりを学びたいという目的で来られたり、発展途上国系の大きな企業の視察もあります。
テレビでは「生産性向上を日本はしないといけない」と言われていますが、日本はものづくり先進国で、実際は最先端だと思っています。日本の改善プログラムや業務効率化は、製造業において非常に進んでいて、「こうば」の整理整頓や5S活動なども参考にしている海外の企業は多いんです。

そういったビジネス観光客を招き入れる取り組みが、本当の意味でのグローバルに繋がるのではないかと考えています。

日本の政策では海外に拠点を持つことを推奨していますが、いきなり持つのは難しいですよね。ビジネスも同じです。そこで、FactorISM(ファクトリズム)が入口となり窓口を作りたいです。
今はまだ観光の延長ですが、今後はアライアンスの組み方や、新しい組合の価値の作り方なども進めていきたいと思っています。

ローカルでありながら、グローバルな人たちとも繋がっていく。もし僕たちのまちだけで対応できなければ、他のオープンファクトリー地域に協業を提案することもできる。
日本と海外の架け橋のようなことも実現できるのではないかと思っています。

|取材メモから

八尾にあるオフィス自体がショールーム形式になっており、実際に商品を見られるようになっています。

隣のカフェでは家具も展示し、ランチを楽しむ人たちなどまちの憩いの場となっていました。

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